封筒奮闘日記

2017年01月26日(木)

風景写真。

鳥山が投稿しました。

久々に寒い冬だな、と思う日々を過ごしています鳥山です。

なので最近は外出を控えて、部屋でWEBに費やす時間が増えてます。

そんな中、久々に自分のインスタグラムを開くと、

外国人のファッションデザイナー(Avelonとかいうブランドだと思う)から、

画像にスタンプが押されていました。

その画像がこちら。

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大阪の堺市から大阪市を走っている路面電車の線路で、

夏の日に撮影してUPした画像です。

何が良かったのか、コメントが無いのでよく分からなかったのですが、

意外なところからの反応だったので心が躍りました。

SNSの広がりに改めて凄さを感じました。

2017年01月18日(水)

高野山

田中が投稿しました。

お世話になっております、封筒屋どっとこむ出荷担当の田中です。10月に前から一度行ってみたかった和歌山県にある高野山へ行ってきました。

近鉄南大阪線の河内長野で南海電鉄高野線に乗り換え極楽橋まで行き、ロープーウェイで高野山まで行きました。大阪の天王寺から約2時間ほどで片道1380円で行けました。

<左:ロープウェイ 右:一の橋>

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高野山に行きたかった理由は、歴史上の人物や戦国大名のお墓がある奥の院に行ってみたかったからです。戦国大名の6割以上の墓所や供養塔がここにあるそうです。

有名なのは『曽我兄弟』・『司馬遼太郎』・『平敦盛』・『織田信長』・『豊臣秀吉』・『伊達政宗』・『石田三成』・『明智光秀』・『武田信玄』・『上杉謙信』などがございました。

また、大河ドラマでも有名な『江姫』や『千姫』の供養塔もございました。

<左:奥州仙台伊達家墓所 右:加賀前田家墓所>


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<左:山口毛利家墓所 右:伊達政宗墓所>


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<左、中:武田信玄公 武田勝頼公御墓碑 右:薩摩 島津家 初代家久 2代光久 綱久墓所>


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<左:石田三成供養塔 中:伊勢桑名城主 本多忠勝 墓所 右:市川団十郎墓所>


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<左:崇源院(徳川秀忠夫人)墓所(江姫) 右:天樹院 千姫 供養塔>


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<左:筑前・黒田家墓所 右:織田信長>
黒田官兵衛、黒田長政の一族のお墓です。
戦国大名で一番大好きな『織田信長』のお墓はかなり小さい印象でした;


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豊臣家の墓所。広めの敷地にこじんまりとした墓石だったので意外でした。


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<左:無縁塚 中:英霊殿 右:日産自動車株式会社 物故従業員慰霊碑>

英霊殿は第2次世界大戦の供養のため建立されたそうで内部は非公開となっていました。

有名企業の慰霊碑もたくさんありました。
中でもロゴマークの光る日産自動車やロケットの慰霊碑がある新明和工業、
社団法人日本しろあり対策協会はしろありの慰霊碑がありました。
福助株式会社は福助の石像があったり、株式会社ヤクルトはヤクルトの容器の石像、
UCC上島珈琲株式会社はティーカップの石像などがございました。

奥の院では七不思議があるそうで、「姿見の井戸」で自分の顔が映らないと三年以内に死んでしまうといわれているそうです。また中の橋を渡ってすぐさしかかる石段「覚鑁坂(かくばんざか)」では、万が一途中で転ぶと三年ともたないと伝えられ、別名『三年坂』と呼ばれています。


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奥の院から西へ歩いていくと派手な色でかなり目立つ二重の塔がございました。
ビルマ戦没者供養塔(成福院、摩尼宝塔)だそうです。


更に西へ歩き、高野山でも有名な壇上伽藍(だんじょうがらん)へ行きました。
根本大塔という二重の塔に入りましたが中は撮影禁止でした。
きらびやかな仏像や、柱や壁に描かれた絵画が素晴らしかったです。

たまたま高野山に行った日がお祭りの日だったみたいで御輿や
餅投げなどやっていてラッキーでした。

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高野山は標高約1000mの盆地で空気がキレイで景色・街並みも非常にキレイでした。

また今回『淀殿(茶々)・豊臣秀頼』・『阿波 徳島 蜂須賀家(蜂須賀小六)』などの慰霊碑を見つけることができなかったのでまた次回探しに行きたいと思います。