封筒奮闘日記

2018年09月19日(水)

天王寺七坂と真田幸村ゆかりの地

田中が投稿しました。
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お世話になっております。郵メール担当の田中です。
前回の四天王寺に続きまして天王寺七坂真田幸村ゆかりの地をご紹介致します。

天王寺七坂一心寺生國魂神社の間にあります。
北から真言坂(しんごんざか)、源聖寺坂(げんしょうじざか)、口縄坂(くちなわざか)、愛染坂(あいぜんざか)、清水坂(きよみずざか)、天神坂(てんじんざか)、逢坂(おうさか)と七つの坂が並んでいて、これらの坂のある地域一帯はいわゆる「寺町」であり、江戸時代に大阪城下より移転させられた仏教寺院が多く集まっています。


▼真言坂

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生國魂神社のスグ北側にある真言坂です。
生國神社の神宮寺であった法案寺をはじめ
とする生玉十坊が、明治の廃仏廃仏毀釈
まで神社周辺で栄えていた。
うち、神社の北側には医王院・観音院・
桜本院・新蔵院・遍照院・曼陀羅院の六坊
があった。すべて真言宗であったので、
この坂は真言坂と呼ばれたそうです。


▼源聖寺

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この坂は、登り口に源聖寺があるので、
その名をとっている。付近一帯は、
寺町として長い歴史を持つ。
齢延寺には、幕末に泊園書院を興して
活躍した藤沢東畡、同南岳父子の墓が
あり、銀山寺には、近松門左衛門の
「心中宵庚申」にでてくるお千代、
半兵衛の比翼塚が建てられているそうです。


▼口縄坂

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坂の下から眺めると、道の起伏が
くちなわ(蛇)に似ていることから、
この名がつけられたという。付近の
浄春寺には暦学者麻田剛立、画家
田能村竹田、春陽軒には国学者尾崎
雅嘉、太平寺には医家北山寿安ら、
江戸時代に活躍した先人の墓がある。
また、梅旧院には芭蕉の供養碑も
みられるそうです。

▼清水坂
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新清水清光院に登る坂道をいう。
高台にある新清水寺境内からの眺望は別格で、
さらに境内南側のがけから流れ出る玉出の滝
は、大阪唯一の滝として知られている。
また、この付近一帯は昔から名泉どころ
として知られ、増井、逢坂、玉出、安居、
土佐、金竜、亀井の清水は七名泉と呼ばれて
いるそうです。07

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▼愛染坂

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その名の通り、坂の下り口にある愛染堂
勝髷院から名付けられた。愛染さんの
夏祭り(6月30日)は大阪夏祭りの先駆け
として知られ、境内の多宝塔は市内最古
(文禄三年)の建造物で、重要文化財と
指定されている。大江神社には「夕陽岡」
の碑があり、このあたりからの夕焼けは
今も美しいそうです。


▼天神坂

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安居天神へ通ずる坂道なので、このように
呼ばれている。この神社境内は大阪夏の陣
に真田幸村が戦死したところで、本殿わき
に「真田幸村戦死後之碑」がある。
また、同境内すぐ下には七名泉の一つ、
安居の清水があり、「かんしづめの井」
(癇静め)とも呼ばれよく知られている。

この天神坂から南側に七坂の一番南の逢坂が
あるのですが、国道25号線になるので
残念ですが写真は撮っておりません。
どうしても見たい方は大阪市天王寺区の
ホームページに写真がございますので
是非ご覧になってください。


安居神社
先程天神坂でご案内しました安居神社の境内にある真田幸村戦死跡之碑です。安居神社は菅原道真が大宰府に流されるときに、風待ちのために休息をとった為に安居という名が付いたという説があるそうです。
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三光神社
玉造駅の近くで大阪城から南に1.5kmほどの所にある宰相山公園内にある三光神社です。
宰相山は真田山とも呼ぶそうです。
大阪冬の陣の際に、真田幸村が大坂城の出城、真田丸があった場所です。

幸村がこの三光神社から大阪城まで
通じる地下道「真田の抜け穴」を掘った
と言われています。
抜け穴の入り口には真田の六文銭が入った
鉄の扉があります。また、現在残っている
抜け穴は真田信繁(幸村)がつくったもの
ではなく真田丸を攻めた前田軍の塹壕の
痕跡の可能性が高いという説もあります。

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2018年07月05日(木)

四天王寺

田中が投稿しました。

お世話になっております。写真撮影担当の田中です。
GWにいつもの自転車迷子旅に行ってまいりました。
今回は大阪天王寺区にあります四天王寺生國魂神社
そして少し写真を撮りすぎたので次回になりますが、
天王寺七坂安居神社三光神社をご紹介致します。


四天王寺は蘇我氏物部氏の間に武力闘争が発生し、蘇我氏についた聖徳太子が
形勢の不利を打開するため四天王像を彫り、「もしこの戦に勝利したなら、
必ずや四天王を安置する寺塔(てら)を建てる」と誓願し勝利した後、
593年に聖徳太子によって建てられました。

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▲左:東大門と金剛力士像 右:不動明王

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左の写真は本坊南口から撮ったものですが、
関係者以外立入禁止と書かれていたので
中に入れないものと思っていましたが、
西側に一般受付があったみたいです
中には国の重要文化財である湯屋方丈や
極楽浄土の庭、補陀落の庭などがある
そうで行き損ねたのが非常に残念です

 

 

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▲六時堂と池にいる大量の亀
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▲左:英霊堂 中:弘法大師修行像 右:親鸞聖人像

中心伽藍の南側にある中門と金剛力士 (仁王像)。行った日は運悪く
五重塔が工事中でした

聖徳太子創建の時、六道利救の悲願を
込めて、塔の礎石心柱の中に仏舎利
六粒と自らの髻髪(きっぱつ)六毛を
納められたので、この塔を「六道利救
の塔」というそうです。ちなみに
現在の五重塔は8代目で、石山本願寺
攻めの兵火や大坂冬の陣、落雷、
室戸台風、大阪大空襲などで倒壊して
いるそうです。

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生國魂神社

かつては現在の大阪城のある場所にあったそうで、近くに石山本願寺も建立され
繁栄したそうですが、石山合戦後の豊臣秀吉による大坂城築城の際に
現在地の生玉町に遷座されたそうです。

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▲左:生國魂神社南門 中:上方落語発祥の地 米澤彦八の碑 右:井原西鶴像

次回は天王寺七坂と真田幸村ゆかりの地安居神社三光神社をご案内致します。

 

2018年04月25日(水)

高御座神社と岩戸神社

田中が投稿しました。

お世話になっております。関西の零場巡礼担当の田中です。

以前大阪八尾市の高安山にある「高御座神社」と「岩戸神社」に行ってまいりました。
近鉄南大阪線の道明寺駅で乗り換え、柏原駅で降り300m程歩き、
近鉄大阪線の堅下駅から河内山本駅まで行き、近鉄信貴線に乗り換え信貴山口までと
かなりハードな経路で行きました・・・
本来なら鶴橋から一本で行けるのですが家からは安くて早かったもので

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信貴山口駅から1km程の場所にありますが、
いきなり駅から迷子になりながらもようやく到着しました。

高御座神社と岩戸神社は隣同士、というよりも同じ場所にあります。
写真の鳥居から先が高御座神社で写真より
手前(後ろ)にある階段を登ると岩戸神社があります。

高御座神社(たかみくらじんじゃ)は別名天照大神高座神社と呼ばれ、
天照大神という名前にピンと来ていってきました
祭神は『天照大神(あまてらすおおみかみ)』、『高皇産霊大神(たかみむすびのおおかみ)』。
他にも『伊勢津彦命(いせつひこのみこと)』、『伊勢津姫命(いせつひめのみこと)』。
古事記の日本神話に出てくる高天原(たかまがはら)の頂点に位置する神様です。
高天原とは「天地(あめつち)のはじめ」(神々の生まれ出る場所)で、
神様たちが住んでいるという天上界です。
古事記の日本神話に記されている高天原がどこにあるのかは諸説があります。
奈良県御所市高天葛城・金剛山高天台、宮崎県高原町、宮崎県高千穂町、
熊本県阿蘇・蘇陽、岡山県真庭市蒜山(ひるぜん)、群馬県上野村生犬穴(おいぬあな)、
茨城県多賀郡、長崎県壱岐市、鳥取氷ノ山(ひょうのせん)、鳥取県霊石山・伊勢ヶ平、
和歌山県高野山、岐阜県飛騨など多数存在しそれぞれの候補地に
高天原由来の地名(岩戸など)があるそうです。

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▲岩盤上に鎮座している本殿。
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▲本殿の下にある拝殿。

奥に行くと”城山大神”と書かれた柵があり、
その先に長~い階段があります。
途中でなにもないと思い引き返しましたが、
後になって奥にも城山の神が祀られていた
ということを知りました
岩戸神社の祭神は『市杵島姫命(イチキシマヒメ)』
で、俗に『岩屋弁財天』『岩谷弁財天』と
呼ばれています。空海が高座神社を参詣中、
大神の御託宣により創建されたと
言われているそうです。
岩戸神社は写真を撮っていいのか分からず
残念ながら画像はありません。

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2018年02月20日(火)

信貴山 朝護孫子寺

田中が投稿しました。

お世話になっております。ひやしあめ担当の田中です。
去年信貴山の朝護孫子寺に行きましてブログのネタにしようと温めていたのですが、鳥山さんに先を越されてしまいました。
ですがせっかくなので今回は信貴山 朝護孫子寺を紹介させていただきます。

寅の年、寅の日、寅の刻に四天王の一である毘沙門天が聖徳太子の前に現れ、
必勝の秘法を授かり、物部氏に勝利したことから「ずべきぶべき信貴山)」と名付けられたそうです。

▼虎を守り神とすることから、阪神タイガースの選手が必勝祈願に訪れる。
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その後902年に醍醐天皇が、「朝廟安穏・守護国土・子孫長久」の祈願寺としたことから、「朝護孫子寺」の勅号を賜りました。
戦国時代には信貴山城が築かれ、1577年に城主の松永久秀が織田信長の命令に背き信貴山城に立て籠もり、信長が所望していた名器・平蜘蛛茶釜を叩き割り天守に火をかけ自害しました。

▼信貴山城址 朝護孫子寺から20分程山を登ったところにありました。
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▼左・多宝塔  右・経蔵堂
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▼左・玉蔵院 右・日本一大地蔵尊(総丈14.54メートル
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他にも本堂にある戒壇巡りという心願成就を祈る修行の道場で本堂の真下にあります。あかりがなく真っ暗の道が60m程続いています。
階段を降りしばらく壁伝いに歩いていくとうっすら明かりが見えます。
そこに十二支生まれ年の守本尊、千手観音や阿弥陀如来など八体の仏像がお祀りしてあります。
そこで自身の守本尊に身体健全、家内安全をお祈りします。
またそこから先へ進むと又木の格子が手に当たります。
胸の高さに大きな鉄の錠前が掛っておりこの錠前に触れると如意宝珠に触れたと同じ功徳が与えられると言い伝えられ一願成就のご利益が授かるそうです。
何も見えない真っ暗闇にいる機会は滅多にないと思います。
とても静かで不思議な感じを体感できます。
ここと同じように京都の清水寺にも胎内めぐりという同じ様に暗闇を歩くアトラクション?があります。

知らなかった!という方は是非一度行ってみてください。